狩野直喜「支那文学史」
- 作者: 狩野直喜
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1970
- メディア: ?
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休みなので読みさしだった狩野直喜の「支那文学史」の残りを斜め読みしていましたが、六朝文学の所はあんまり興味もないうえに、内容も人物・作品の列挙羅列だし、疲れました。
ただ当時の政治情勢が内容に反映してデカダン趣味に走ったという背景などが述べられていて、この様な因果付けは大変勉強になります。
第四篇「六朝文學」第七章 梁の文學 の冒頭で反切について書いてあったのが興味を引きました。
それから前にも一寸述べた通り、声韻と云ふ事が此の時代に矢釜敷なつて来た。すなわち詩の意味よりも寧ろ之れを表はす文字の響きに関して、面倒な規則が設けらるゝ様になった。尤此等は決して偶然に起つた事にあらず、已に魏の孫炎反切を云へり。一体漢までは学者が或る字の音を示すには「讀若某」と云ふのみ。しかるに炎に至り初めて反切を創め、或字の音をあらはすに○○反とか○○切と云ひ、二字の音をして以つて一の音を出すの方法を起したり(顔子家訓音辞篇)。
(めんどくさいので漢字は現代文字でw)
漢字は表音文字ではないので、音をあらわすのに反切では、漢字二文字で前のは子音、後ろのは母音でローマ字みたいに読んでいますが、その起源が三国時代ににあるようです。仏教伝来で、天竺の文字を読むために発達したという説が上記引用のあとに紹介されています。
丁度、その反切が出来た魏の頃の魏志倭人伝に我が国の記録とともに『邪馬台国』が出てくるわけですが、「邪馬台」の子音をとれば「ヤマト」になるので、これは大和朝廷の音に過ぎないと思うのですが、邪馬台国には大して興味が無いので、どうでもいいですw
ただとりあえず、反切が魏の時代にはあったということで、邪馬台=ヤマト音説が少なくとも矛盾しないことが分かってよろしかったです。
[追記:R元10.12]
武内義雄「支那学研究法」(武内義雄全集第九巻100頁)に、邪馬台の台(臺)は古音では韻書で「ト」と発音する部に入っているというようなことが書いてあって、普通にそのものずばり「ヤマト」読みしていました。
- 作者: 狩野直禎,狩野直喜
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- 作者: 狩野直喜
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