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澹台滅明(たんだいめつめい)という珍奇な名前は何なのか?

論語』の雍也第六-14に、「子游為武城宰、子曰、女得人焉爾乎、曰、有澹台滅明者、行不由径、非公事、未嘗至於偃之室也。」 (子游、武城の宰と為る。子曰く、汝、人を得たるか。曰く、澹台滅明という者あり。行くに径に由らず、公事に非ざれば、未だ嘗て偃の室に至らざるなり。 )とあります。

注に、澹台滅明とは人名なりとありますが、支那人らしからぬ珍妙な名であります。

金谷治『孔子』(講談社学術文庫)p331によると、『史記』の儒林伝に「澹台子羽は楚に居り」とあるらしいです。

澹台子羽というのは、子游が武城の宰(とりしまり)になってから見出された人物で、晩年の門生である。『史記』によると、南方揚子江の辺りに移ってから「弟子三百人、名は諸侯に施す」といわれて、大変な活躍ぶりであったらしい。

加地伸行『「論語」再説 』(中公文庫)p111

例えば、澹台滅明という若い弟子の場合、醜男であった。そこで孔子は、たいしたことはなかろう、「材(才能)、薄し」(『史記』仲尼弟子列伝 )と思ったのである。しかし、彼は、後に三百人からの弟子を持つほどの人物であった。後に孔子は、彼を容貌で判断して誤ったと悔いている(同前)。

孫引きばかりでなんですが、これから察するに、澹台滅明は南方の異民族出身なので、名前も外見も支那人らしくなかった、ということが邪推できると思います。孔子は人種的偏見から差別をしていたのでしょう。

孔子よりアナゴさんのほうがいいですね!
http://d.hatena.ne.jp/fortran66/20110204 に新情報まとめ。